東京高等裁判所 昭和55年(う)911号 判決 1981年3月12日
被告人 石井進
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役四年に処する。
原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人石井文治及び同田中豊恵が連名で提出した控訴趣意書及び弁護人河井信太郎、同古城磐及び同伊坂重昭が連名で提出した控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事今野健の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。
弁護人河井信太郎、同古城磐及び同伊坂重昭の控訴趣意について
所論の第一点は、原判決はその罪となるべき事実として本件詐欺の欺罔手段を認定するにあたり、「その前蓋裏側に鏡をとりつけたシユウボツクスを用い、配付するカードの数字を続みとり、カードの順序を不正に操作して配付するなどの役割を分担しているのに、これを秘し、あたかも通常の方法により行うバカラ賭博であるごとく装い、」と判示しているが、罪となるべき事実は個々の構成要件を充足する程度に具体的に明示され、特定されることを要すると解すべきところ、原判決の右判示によると、原判決は本件の欺罔行為として、被告人らが役割の分担を秘して賭客をバカラ賭博に参加させたことを指称しているにとどまると解せられるので、かかる判示では欺罔行為の判示方法として不十分といわなければならないから、この点において、原判決には理由不備の違法がある。また、原判決は右の欺罔行為によつて賭客である榊原秀雄らを誤信させ、バカラ賭博の勝負をさせ、合計約五億七、〇〇〇万円の債務を負わせた旨認定しているが、右金額のなかには欺罔行為によらない通常の方法によつて行つたバカラ賭博により賭客が負けた金額が含まれている。すなわち、バカラ賭博のルールによると、ナチユラルとかスタンズとか呼ばれる場合などには、デイーラーが詐欺賭博を遂行するために五枚目のカードの数字を秘かに読みとり、自己の欲する側を勝たせるため右カードを配付するか、これをキープするかして六枚目のカードを配付する操作をする余地がなく、デイーラーによる欺罔行為を介入させることは全くできないのであつて、本件で行つた一連のバカラ賭博のなかには右のようなナチユラルないしはスタンズなどの場合が多数回含まれているはずであるから、前記被害者らが本件賭博によつて負担した債務約五億七、〇〇〇万円のなかには被告人らの欺罔行為の介在していない正常な方法によるバカラ賭博の勝負による負債が含まれていることは明らかである。従つて、被害者らが被告人らの欺罔行為によつて負わされた債務は、原判示の債務総額から正常な方法によつて勝負に負けた金額を控除した額とすべきであるのに、原判決がその金額を本件被害額と認定したのは事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかというべきである。そして、右のようにバカラ賭博のルールを証拠によつて十分検討しないまま審理判決を遂げ、その結果重大な事実誤認を犯した原審の措置は、刑訴規則二〇八条所定の裁判長の釈明義務、刑訴法二九八条二項所定の職権証拠調べ義務及び同法三一二条二項所定の訴因変更命令の義務にそれぞれ違反したものであり、また上記の事実誤認は原判決が適法な証拠の価値判断を誤つたことに基づくものであるから、同法三一八条所定の自由心証主義の合理的限界を超える違法を犯したものであつて、原判決にはこれらの点においていずれも判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反が存在する。更に、詐欺賭博による被害額と正常なバカラ賭博の勝負による債務とを区別し、前者のみ詐欺の被害額と判示すべきであるのに、両者を合計した金額を被害額と記載した原判決は、理由不備の違法を犯したものというべきであつて、以上いずれの理由によつても原判決は破棄を免れないというのである。
そこで、まず、所論に徴して原判決の本件詐欺賭博の欺罔行為に関する判示方法について検討するのに、原判決の罪となるべき事実中には所論が引用するような欺罔行為に関する判示部分の存在することは指摘のとおりであり、そして、右判文は一見所論のいうように、右の「これを秘し」という部分の「これ」が、その直前の「役割の分担」という言葉のみを指し、従つて、原判決には欺罔行為の判示が十分でないもののようにみられないではなく、措辞やや適切を缺くきらいがあるものの、更に、原判文を全体として通読し、とりわけ右の「これを秘し」の文言に続いて「あたかも通常の方法により行うバカラ賭博であるごとく装い、」との記載が存在することにかんがみれば、右の「これ」は「役割の分担」のみを指すにとどまらず、原判決は、被告人ら共犯者がそれぞれ原判示の役割を分担したうえ、デイーラーとなつた金島及び小西において、「その前蓋裏側に鏡をとりつけたシユウボツクスを用いて配付するカードの数字を読みとり、カードの順序を不正に操作して配付する」方法によつて勝負を自由に左右しうるいわゆるいかさまのバカラ賭博であるのに、これを秘し、通常の方法によるバカラ賭博であるように装つて賭客である原判示榊原らを右賭博に参加させ、同人らをして通常のバカラ賭博であると誤信させて勝負を行わせた旨判示しているものと解するのが正当であり、従つて、原判決は詐欺罪における欺罔行為の判示として欠けるところはなく、この点につき原判決に理由不備の違法があるとは考えられない。
次に、被告人らが領得した金額の算定に誤りがあるとの所論について検討するのに、被告人らが本件において行つた詐欺賭博の方法によると、バカラ賭博のルール上の制約に基づいて、勝負にデイーラーによる不正操作の介入する余地のない場合が考えられることは、所論指摘のとおりであるが、それと同時に、司法警察員加藤充宏ほか一名作成の昭和五三年八月四日付捜査報告書及び同小野里保二ほか一名作成の同年一一月二八日付捜査報告書等によると、本件と同一方法によるいかさまのバカラ賭博を多数回繰り返えした場合には、開張者側において、その勝敗を左右できる確率は七〇パーセントをくだらないことが実験結果によつても裏付けられており、このことは本件においてデイーラー役を担当した金島明もその検察官に対する昭和五三年一一月一七日付供述調書によつて自らこれを認めているところであるから、本件不正賭博を長時間継続して行えば、到底賭客において最終的に勝てる見込みのないものであることが明らかである一方、すべての勝負に常に被告人らの開張者側が賭金を取得するとすれば、賭客からいかさまを行つていることを容易に察知される虞もあるから、その間に正常な勝負も含まれることこそ、被告人らにとつていかさまを隠蔽するために却つて好都合であつたといえるから、結局所論のいう正常な勝負をも含めて全体として被害者毎に一個の詐欺賭博が行われたものとみて差支えなく、しかも、正常な勝負によつて取得した金員と詐欺賭博によつて領得した金員とを識別することができない点からも、被告人らの行為は全体として違法性を帯びるものと認めるのが相当というべきであつて、被告人らが取得した金額全額が詐欺罪による不法領得金というを防げないものと解すべきである。それ故、被害者らが負担するに至つた金五億七、〇〇〇万円の負け金のうち、同人らから現実に支払を受けた合計金一億九、三〇〇万円全額について詐欺罪の成立を認めた原判決は正当であつて、原判決にはこの点につき所論のような事実の誤認は存在しない。その他、原審の措置に訴訟手続の法令違反があるとか、原判決に理由不備の違法があるとの所論は、すべて被告人らが本件によつて領得した金額の算定が誤つていることを前提とするものであるところ、右事実誤認の認められないことは前段説示のとおりであるから、右の所論はすべてその前提を欠くこととなり、従つて、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも採用に値いせず、論旨はすべて理由がない。
所論の第二点は、本件被害者らは、いずれも本件バカラ賭博に参加した当初から賭博場の異様な雰囲気に接し、本件賭博がいわゆるいかさまであることを感じていたところ、韓国からの帰途、釜山空港において本件賭博場で賭博の進行を主宰していたデイーラーが賭博の開張者に随行しているのを目撃して、その疑惑を一層深め、更に帰国後、被告人らが行つた右賭博が詐欺賭博であることを確信するに至つたが、商品取引所の会員である被害者らが国外で賭博を行つたことが発覚すれば新聞に報道されるとともに、取引所会員の免許が取消されるおそれもあり、また右賭博の開張者が博徒の首領の地位にある人物である関係上その報復をおそれたこと等から、警察に届出ることなく、内密にすませるよう取計らい、やむなく原判示の合計一億九、三〇〇万円という被害金を支払つたものであり、これを要するに、本件被害者らの右金員の支払は、同人らが被告人らの欺罔行為によつて錯誤に陥り、その錯誤に基づいてこれを行つたものではないから、被告人らの所為が詐欺未遂罪に問擬されることはやむをえないとしても、詐欺の既遂罪が成立するいわれはない。しかるに、原判決は右主張に沿う多くの証拠が存在するにもかかわらず、刑訴規則二〇八条所定の釈明権の行使も、刑訴法二九八条二項所定の裁判所の職権による証拠調べの実施も、また同法三一二条二項所定の訴因変更命令等も行わないまま、被告人の自白のみを信用したうえ、被告人の本件所為を詐欺の既遂罪と認定したが、かかる原審の措置は、訴訟手続に関する右各法令に違反し、その結果事実を誤認したものというべきであり、これらがいずれも判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、所論にかんがみ、訴訟記録及び各証拠を検討するのに、原判決挙示の榊原秀雄、吉川正雄(昭和五三年一一月八日付)立川昇(二通)、立川政弘(二通)及び菊田市松の検察官に対する各供述調書によると、同人らはいずれも原判決判示の被害者であるが、その全員が、本件後二年近く経過した昭和五三年に入り、警察で事情聴取された際、本件で使用されたシユウボツクスの前蓋裏側に鏡がとりつけられている仕掛けを示されて、始めて本件詐欺の被害にあつたことを知つたものであつて、同人らは、賭博の途中でシユウボツクスに右のような仕掛けのあることに気付いていたならば、そのまま賭博を続けたなどということは到底考えられず、また、右賭博による負債を支払う以前にシユウボツクスに仕掛けのあつたことを知つたとすれば、右負債を支払うことも絶対にしなかつた旨をそれぞれ供述していることが認められ、右供述に疑いをさしはさむべき事情は見当らない。もつとも、本件賭博の賭客の一員であつた清水正紀の検察官に対する昭和五三年一一月七日付供述調書(原審記録第三冊四四四丁以下に編綴のもの」ないしは同人の原審における証言によると、同人は賭博を終えて韓国から帰国後、開張者側との間で本件賭博により賭客が負担するに至つた負債の減額交渉に当り、その言いがかりとして本件賭博がいかさまではないかと申し向けたこと及びそれより前、同人としては所論が指摘するように、本件賭博場の雰囲気や釜山空港で目撃した光景から、当時本件賭博が通常のバカラ賭博ではないのではなかろうかとの疑いを抱き、韓国から帰国後、右負債の減額交渉を行うころには信疑半ばする状態にあつたことはそれぞれ認められるが、勿論同人としても確証があつてのことではないとともに、同人の前記検察官調書によれば、これも賭客のなかでこの種賭博に最も経験を積んでいた同人にして、始めて右のような疑念をもつことができたのであつて、他の賭客はいずれもバカラ賭博の経験に乏しいため、最後まで本件賭博がいわゆるいかさまであることを知らなかつたものと思われる旨述べていることが窺われることでもあり、たとえ、被害者らにおいても釜山空港で目撃した光景などによつて多少の疑念を抱いたことがあつたとしても、同人らがいかさまの確証を握つていたとみるべき情況が認められない以上、本件賭博がいかさまであることを知らなかつた旨の同人らの前記供述の信憑性はこれを覆えすに足りないというべきである。
以上のとおり、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、被害者らが本件賭博中はもとより被害金員を支払う時点に至つても、これが詐欺賭博であることを知らなかつた事実を優に肯認できるのであつて、被告人らに対し詐欺既遂罪が成立するとした原判決は正当というべく、原判決には所論のような事実誤認が存しないことは勿論、記録を精査してみても、原審の措置に所論の指摘するような訴訟手続の法令違反は認められない。
なお、所論は本件が昭和五一年一二月に捜査の着手があり乍らその三年後まで放置され、山田の死後に至つて急に捜査が行われたのは、被告人を主犯として事件をデツチあげるためであつたことが明らかであるなどといつて、恰も本件の捜査に違法があるもののように主張するが、全記録を調査しても、所論が主張するような事情が存在したことを窺わせる証跡は見当らないとともに、本件は国外を舞台とした大がかりな詐欺賭博の事案であり、被害者がいずれも商品取引所の会員で、ことの表面化するのをおそれて被害の届出を怠つていたこと、また共犯者及び関係人が多数であるうえに、共犯者はいずれも博徒組織の関係者であること等が認められるのであるから、捜査に相応の日時を必要としたということも十分首肯するに足りるのであつて、右の所論の失当であることはいうまでもない。
所論の第三点の第一は、原判決が証拠の標目中に挙示しているシユウボツクスは、本件犯行の用に供された物件ではないから、これを証拠として採用すべからざるものであるのに、これについて証拠調べをなし、これを本件詐欺の罪証の用に供して被告人を有罪と認定したのは、訴訟手続の法令違反に当り、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで訴訟記録及び各証拠を検討するのに、原判決が挙示するシユウボツクス一式及びシユウボツクス用前蓋一枚(東京高裁昭和五五年押第三三二号の一及び二)は原審において被告人がその取調べに異議なく取り調べられているうえ、原審において取調べずみの石川和男作成の任意提出書及び司法警察員柴田晴夫作成の領置調書等によると右シユウボツクスは石川和男が昭和五三年六月七日警視庁久松警察署に任意提出し、同日同署の司法巡査柴田晴夫が右石川から領置した事実が認められ、更に、右物件が原判示のホテル海雲台において被告人らが本件詐欺賭博に使用したものであることは前掲司法警察員加藤充宏ほか一名作成の昭和五三年八月九日付捜査報告書第四項等の記載から明らかであり、このことは、本件賭博のデイーラー役としてシユウボツクスを扱つた本人である金島明の検察官に対する昭和五三年一一月二四日付供述調書のなかで、右のシユウボツクスは本件で使用した物に相違ない旨供述しているし、右金島にデイーラー役を命じ、本件賭博場にも臨場して賭博を見ていた吉原勝彦も同人の検察官に対する同年一二月四日付供述調書のなかで右シユウボツクスは小西昭二から買い取り本件の仕事に使つた物に間違いない旨述べるとともに、右吉原の同年一一月三〇日付検察官調書によると、右シユウボツクスは金島が本件賭博に使用したあと同人からいずれも被告人の輩下の者である山口健を経て石川和男に手交された経過が認められるほか、右シユウボツクスが本件賭博に使用されたものであることは、これに参加していた井上与一の検察官に対する同月二四日付供述調書によつても裏付けられている。
以上のとおり、原判決挙示のシユウボツクスは本件賭博に使用されたものであることが明らかであつて、所論の本件賭博で使われたシユウボツクスはこれと別物で、石川和男が昭和五三年二月一八日逮捕された翌一九日に押収されたものが本来のシユウボツクスであると主張する所論は、なんら確実な資料に基づくものではないといわざるをえないから、前記シユウボツクスを取り調べ、これを本件詐欺の罪証の用に供した原審の措置は正当であつて訴訟法違反のかどは見当らないから、論旨は理由がない。
所論の第三点の第二は、原判決は、本件犯行に際し、小西昭二がデイーラー役として賭客に対し配付するカードを不正に操作した事実を立証する適法な証拠がないのに、同人が右の所為に及んだ旨認定し、本件詐欺賭博について被告人を有罪としたが、かかる原審の措置は訴訟手続の法令に違反しており、そして、このため原判決は事実の誤認を犯したものであつて、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
しかしながら、吉原勝彦の検察官に対する昭和五三年一二月四日付供述調書によると、本件詐欺賭博に使用された原判示のシユウボツクスは、米国のラスベガスの賭博場で働いていた小西昭二が米国から持ち帰つていたもので、これを被告人が輩下の吉原勝彦を通じて右小西から買取つたうえ、輩下の金島明に命じて操作の練習を重ねさせるとともに、本件いかさま賭博を開張するに際しては、ラスベガスに滞在中の右小西をも呼び寄せて、右両名に対し、右シユウボツクスを用い、その前蓋裏側にとりつけた鏡によつて配付するカードの数字を読みとり、カードの順序を不正に操作して配付するよう指示したことが認められるうえ、右金島も同人の検察官に対する六通の供述調書のなかで、右小西が本件賭博を行うに当り、前記の指示どおりカードを不正に操作してハウス側に莫大な賭金を取得させていた状況を目撃し、これを克明に供述しているばかりでなく、被告人らから賭博場で座り客となつて張り取りの雰囲気を盛りあげるよう依頼された大岩正三郎及び井上与一の検察官に対する各供述調書によつても前記の状況は窺えるのであつて、これを要するに、前掲各証拠によれば、小西昭二がデイーラー役として賭客に対し配付するカードを不正に操作した事実を優に肯認できるのであつて、右事実を証する証拠がないとの前提に立つて訴訟手続の法令違反及び事実の誤認を主張する論旨はいずれも理由がない。
弁護人石井文治及び同田中豊恵の控訴趣意について
所論は、要するに、本件の賭博を発案、計画し、その総指揮をした者は山田政雄であつて、これに対し被告人は右の企画に手を貸したものの、補助者として実行行為に関与したに過ぎないばかりでなく、現在では稲川会の理事長の地位を退いたうえ、本件賭博による自己の取得分三、〇〇〇万円につき原審においてもその一部を弁償したが、原判決後更に残額全部の弁償を了えるに至つたのであるから、原判決の被告人に対する量刑は重きに過ぎ不当である、というのである。
そこで一件記録を検討すると、本件犯行は、多数の構成員を擁しわが国有数の博徒組織である稲川会の理事長の地位にあつた被告人が、同じく有力博徒組織である日本国粋会会長の山田政雄と組んで組織の構成員を動員し、事前に周到な計画をたてて準備を整えたうえ、国外において公営賭博を行う企画であるように装い、商品取引業関係の会社社長などを誘つて韓国釜山市に連れ出し、巧妙な仕掛けと舞台装置を使つて、いわゆるいかさま賭博を開張し、右社長ら数名から合計一億九、三〇〇万円にものぼる莫大な金員を騙取したという組織を利用した大がかりな詐欺賭博の事犯であつて、その犯行の罪質、態様及び結果等に照らして強い社会的非難を免れない犯行である。ところで、所論が、本件犯行の主謀者は山田政雄であり、被告人の果した役割は従属的なものであつた旨主張していることは前記のとおりであるが、関係各証拠を検討すると、右山田については、同人が日本国粋会会長の地位を退くに当りその引退資金を入手するため、かねていわゆる韓国賭博ツアーの主催者として知られていた被告人に賭博ツアーの企画を依頼したうえ、被告人が計画した本件詐欺賭博に被害者らを賭客として集めて賭博場に案内したほか、帰国後は同人らが右犯行により背負わせられた債務の前記一億九、三〇〇万円を同人らから取立て、その大半を利得していることは認められるけれども、本件詐欺賭博自体を具体的に計画立案し共犯者らに指示してこれが実行を進めたのは、山田ではなくて被告人であることが明らかである。すなわち、被告人はかねて本件で使用された特殊装置のあるシユウボツクスを自己の輩下の吉原勝彦を通じて小西昭二から入手したうえ、右吉原の輩下の金島明にこれを預けてその操作に熟達しておくように指示しておいたところ、たまたま右山田から引退資金を得るための賭博の開張方を頼まれるや、右のシユウボツクスを使用していかさま賭博を行うことを思い立ち、その実行方を前記吉原に指示し、右山田との犯行打ち合わせや右金島及び小西をデイーラー役として使う手配をさせる一方、韓国在住の元稲川会の幹部に指示して、同国釜山市内にある公営カジノの一室を借りて賭博場を設営させるとともに、賭博場の雰囲気を盛りあげるいわゆる座り客として被告人の親しい友人数名を誘うなどして、本件犯行の準備を遂げ、更に、本件犯行現場においては、デイーラー役の右金島らに対し、秘かに、被害者グループの代表格の者を名指して同人を集中的に負かすよう指示するなどしたことが認められるから、被告人こそ本件詐欺賭博の遂行に主導的役割を果したものであることが明らかである。そのうえ、被告人は博徒組織の首領で賭博関係の犯歴もあることなどを考えあわせると、被告人が本件において負うべき刑責は誠に重いというほかなく、被告人が現在では稲川会の理事長の地位を退いていること等、所論指摘の被告人に有利な事情を十分斟酌しても、被害者に対する被害の弁償がその一部にとどまつていた原判決の当時においては、被告人に対するその科刑もやむをえないものであつたと考えられる。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後被告人は被害弁償に努力し、本件によつて自己が取得した金三、〇〇〇万円全額を被害者らに支払い、その結果、被害者らも被告人を宥恕するに至つていることが認められるので、右の原判決後に生じた被告人に有利な事情を考慮すると、前段説示の本件犯行の罪質、態様、結果及び被告人の果した役割等を思い合わせても、原判決の被告人に対する科刑を若干軽減する余地があるものといえるから、原判決の刑をそのまま維持するのは相当でないと判断される。
よつて、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に次のとおり判決をする。
原判決が認定した事実に法令を適用すると、被告人の被害者榊原秀雄に対する原判示の所為は刑法六〇条、二四六条二項に、その他の被害者に対する原判示の各所為はいずれも同法六〇条、二四六条一項にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で五個の罪名に触れる場合であるから同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い右榊原秀雄に対する詐欺罪の刑で処断することとして、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、原審における未決勾留日数の算入については同法二一条を適用して、主文のとおり判決をする。
(裁判官 四ツ谷巖 杉浦龍二郎 阿蘇成人)